たいらくなていたらく

頽落(たいらく)とは - 頽廃してしまった人間存在。堕落と言い換えてもよいだろう。ハイデガーの言葉。

2018年、これも宇宙の旅

寝る前にツイッターを眺めてると、ムキーッ差別主義者に殺意をおぼえました!みたいな社会派ツイートが多い。きっと春めいてきたし世も物騒だし、人々の関心がアクティブになってきてるんだと思う。真面目な意思表明をネット上ですることのあれこれは別として、戦争、労働環境、学校教育、車内マナー、思いやり、配慮など、ちょっと生きてるだけでいろんな課題がわたしたちの生活を取り巻いてる。そこでの偏見や独善や搾取や嫉妬や憎悪や無関心や八つ当たり、確かにうわーどうにかしろよとも思う。ただ、ムキーッこの分からず屋を許すな!悔い改めよ!むしろ死ね!みたいなフレーズを目にしても、ほーん、この人は社会のなにかに身の危険を感じてるんだな、としか思わない。あんまり伝わらない。たぶん邪智暴虐の王にはもっと届かないだろう。ポチッいいね!の反対程度のツイートである。それでは差別主義者と呼ばれる人がパッと適当な感情で差別してるのとだいたい同じではないか。そいつらのどちらが強いかゲーム、俗にいう正しさにはそんなに意味がないと感じる。

自分の権利が守られてない、身近な人や似たような境遇の人が尊重されてない、もっと大きなものや大したことないものに抑圧され黙殺されてる、大事なものが無視されてるということへの痛みや恐怖。無視されたくない、無視されるべきじゃないという考えが、他人であるどこかの誰かへの攻撃になっていく気がする。

違うと願うのは後ろ向きの唯一の救いであり*1

差別する者とされる者は、なぜ隔てられてるのか。加害者、被害者、強者、弱者たちは、聞いてほしい、見てほしい、大切にされたいという似たような気持ちをいつかどこかで、もしかしたら同じときお互いに感じあう人間である。人はみんな弱いし、弱さ故に遠くのものを敵視して憎み恨むこともある。それでも世界に住まうのはスウィングする者としない者ではなく、あるときはスウィングしあるときはスウィングしない者たちなのだ。生きてると、わたしもあなたもスウィングしたりしなかったり、できたりできなかったりする。けどわたしたちは、いつでも素直にスウィングすることを求めていられるだろうか?

 

f:id:zazalion3:20180420003942j:plain*2

まぎれもないこの社会に暮らすことで苦しみ悲しみムキーッと震える木曜には、なにかが奪われ、破壊され、明日からもまた損われてくように感じる。そのときわたしは、誰を相手に戦い、どんな声をあげるのか?

雑音の世界 君は何が欲しい?*3

東北の海辺で今日も電話してメールして作業して報告して会議する知らない人たちを、気まぐれで見張ったり忘れたり、突然ほめたり責めたりするわたしは考える。

おまえの敵はだれだ?

おまえを救うのはだれだ?

おまえの苦しみはなにが原因だ?

目に入った人を蔑んでも教えてはもらえない。

わたしはここから、なにを求める?

☆☆☆

地下鉄サリン事件、9.11、スマトラ沖地震、福島第一、空爆前のシリア、出会いの季節、別れの季節を絶え間なく迎える日々。すでに何度か「積み上げた犠牲に別れの火を灯し*4」ながら、 これからも「おどけて踊る四季がどこまでも痛く」*5触れてくる場所であなたと生きていくこと。もうこれ以上生き別れることのないように、わたしはあなたをもっと感じていたいと願う。これがわたしの本番であり、たったひとつの世界なので。ふと他人の顔を見せるあなたに明日も追いついて、この四季のうつろいに寄り添いたい。

しばらく一緒に過ごしたあいだにわたしたちに起こったこと、「きっとそれはもう癒えない」けれど、もう「振り返るための傷じゃない*6」。こうして近くなったり遠くなったりするわたしたちに「君は何を見る*7」?

*1:「孤独に死す、故に孤独。」(2005) DIR EN GREY

*2:DIR EN GREYのボーカルはNARUTO我愛羅に似てることで有名。

*3:「詩踏み」(2016) DIR EN GREY

*4:「愛しさは腐敗につき」(2005) DIR EN GREY

*5:「GLASS SKIN」(2008) DIR EN GREY

*6:「LOTUS」(2011) DIR EN GREY

*7:「Un deux」(2014) DIR EN GREY

詐欺師とパラダイスと愛について

読み返してみたらさいあんどこーだった。 パラキス。

youtu.be

詐欺師にしかなれなくてもみんなをパラダイスへ連れてきたい人生だった。 

Paradise Kissのあらすじ 

早坂紫は、進学校に通う優等生。学校と塾と家を往復する人生に疑問を感じながらも日々を送っていた。 
「ねえ! ちょっと!!」そんなある日、街で永瀬嵐に声をかけられる。彼は矢沢芸術学院の生徒で、学園祭のショーモデルを探していたのだ。そして出会うデザイナーの卵達。小泉譲二(ジョージ)、櫻田実和子、山本大助(イザベラ)。全く異なる世界の彼らに対し偏見を抱いていた紫だったが、一緒に行動するうちに、彼らの真剣に人生に向き合う思いやひたむきに夢を目指す姿勢に惹かれていく。*1 

羊と荒れ地の国で補習校の先輩に借りたParadise Kiss。前の投稿で若干NANAをディスったけど、パラキスは思い入れがある。わたしの原宿世界のすべてと言ってもいい。帰国して速攻、原宿の裏通りや日暮里の繊維街に通いつめた。(すぐ満足して中野のまんだらけ大予言に夢中になった。) 
なんか映画もあったらしいけど 

youtu.be

最初はただのカッコつけ漫画だったけど、だんだん、地獄の炎に投げ込まれるべき者と思ってたジョージの苦悩や、好きな人のヒーローにしかなれない香の寂しさ、大人っぽくてスカした感じだった高校生たちが、実は必死に生きてたことがわかってきて愛おしくなってくる。 
BOOK OFFで立ち読みしてね。 

☆☆☆ 

しかし本筋は置いといて、パラキスといえばジョージとイザベラの関係である。 
ジョージは髪が青くて眼も(カラコンで)青くて才能あふれる服飾デザイナーの卵だけど、理想主義者にして完璧主義者で、マザコンでサディストでナルシストで、身近な人に対する責任を一切背負いたがらないので、もちろん「永遠の愛なんて死んでも誓えない性分」。ヒロインの紫は大変だ。 
イザベラはパタンナー(デザイン画を型紙に起こす職)志望のジョージの幼馴染で、本名は山本大助だけど、いつしか麗しい淑女に育った。小学生の頃、心は女の子であることを初めて相談したジョージにお手製のドレス一式をプレゼントされ、憧れのスカートを履いたその日からイザベラはイザベラとして生きていくことを決意。また、かわいく変身したイザベラを見て自分の才能を確信したジョージは服作りに目覚める。美しい。 
ここからネタバレすると、いろいろあって最終話でジョージは生き延びるため夢以外のすべてに別れを告げ今どき海路でパリに旅立つわけだけど、船上にはこっそり乗り込んだイザベラの姿があった。ラストシーンで水平線を前にジョージに告げる 

あなたはレディースのデザイナーなのに女心がわかってなさすぎるわ 
すべてを捨てて愛に生きるのも女の幸せなのよ*2

かっけえ。 
ひねくれ者のジョージは、母親のキャリアと引き換えに自分が生まれたという思い込みから全編通して「主体性のない女は嫌いだ」みたいなことを言い続けるわけだけど 、その結果ヒロインの紫は成長し次のステップに挑むため東京に残るし、憧れの女である香はそもそも先に修行のためロンドンへ旅立ってしまった。みんな、自力で自分のパラダイスへ向かう過程でしばらく惹かれあったのち別れるという物語である。 
色んな人がジョージの問題だらけの生き様に触発されるわけだけど、唯一「あなたのドレスのパターンを引く」ことが心からの望みであるイザベラだけが、ジョージのそばでパラダイスを目指すことができる 。泣ける。なぜなら、きっと真に寄り添うとはその人の隣で勝手に自己実現していくことだからである。つまりイザベラは、黙って就職を蹴って船に乗り込んだけど、ジョージへの愛のために自分の夢を諦めたのではなく、むしろどんな形でもジョージと一緒に服を作っていくことこそがイザベラの夢そのものだったのである。そのために職と学友とたったひとりの家族だった執事と手塩にかけた庭の薔薇(舞台は日本です)の元を離れてジョージを追う。 

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不器用で寂しがりやで世間とわかりあえないジョージが夢を実現するために必要なのは、彼の言う「少しの才能と溢れる情熱、それに伴う行動力」と、彼の隣で別の夢を叶える人。それは、自分の夢の中にジョージの夢を見出し続けるイザベラだけ。しかも気づいてすぐに後を追えるのがイザベラの愛。まさに少しの才能と溢れる情熱、それに伴う行動力。泣ける。イザベラは出番が少ないからよくわかんないけど、きっとGod knowsみたいな心理的局面があったに違いない。 
とはいえ、それぞれの生のためにきちんと別れを選ぶことも悪くないと思う。例の船上のシーンでジョージは海に向かって、あいつは「ミューズの存在がどれ程大きいか分かってないんだ」とか言って、紫がただ紫として生きることで自分にどれほどのものを与えたかを懐かしむ。これも泣ける。 

☆☆☆ 

ちなみにジョージはバイだから、これはイザベラ側の悲恋を描いた話ではない。同性ゆえに恋愛関係になれる可能性がないから最高の友達でいるみたいなのとはちょっと違う。あと途中までいわゆるフィクションのオカマにありがちなみんなのお母さんポジションを担っているけど、これも例の幼少期の変身エピソードとともに崩れ、イザベラも決して一方的に包み込み与える存在ではいことが明かされる。よって、ジョージとイザベラはすでに結ばれてるし、いつも最高に愛し合ってる。どんなふうにかは、ちょっとむずかしいけど、考えるな感じろ。 

俺は科学者を目指してる訳じゃないからね
ひと時の夢を見せる詐欺師でいいんだ
芸術の世界に不可能なことは何一つないさ*3

わたしは、形あるものを通して無限の夢をみさせてくれるあなたのイザベラでありたい。目的を叶えるための手段は世の中にたくさんあるけど、他の誰でもないあなたとでなければそれはわたしの夢じゃない。いつでも世界という観客を、ただの他人を少しでもパラダイスへ近づかせようとなんかいろいろがんばってる友だちとも恋人とも家族ともつかない、しいていえば幼馴染のような人たちと、いつまでも一緒に夢を叶えていたい。わたしはあなたが死ぬほど好きだし、けれども死にたくない。だから、別にお前のためじゃないから。 
いつもこっちになんて目もくれずに、宇宙や短歌や仏教ウツボカズラや社会契約や飲酒や12進法のことばかり考えて、その中にたまにわたしを発見してくれる人。ただ半年にいっぺん会って、深夜まで飲むような幼馴染たちといつまでも、永遠に生きていたい。 そうしたらわたしたちはいつか詐欺師じゃなくなる。きっと。

☆☆☆ 

ところでわたしのジョージたちは漫画と違ってむしろ現実について教えてくれることが多い。もしかして、その知性ゆえわたしの日常に 

また見つかった。何が?永遠が 
海とつがった太陽が *4

太陽ガッ!(デスボイス)とか 

 哀れなる哉、イカルスが幾人も来ては落っこちる*5

ワロタwwwwwwみたいな心象スケツチが挿入されており普段あんまり前見てないことばれてるんじゃないか。隠してるつもりなんだけど千の感情が波になっててそこでサーフィンしててたまに転んで数日溺れたしてること見抜いているのでは。恥と不安しかない。 君の側で眠らせて。

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とにかく、わたしはドイツにもフランスにもキヨウトにもついていかないかもしれないけど、手紙があるから大丈夫。

*1:Paradise Kiss - Wikipedia

*2:Paradise Kiss」5巻、矢沢あい祥伝社、2003年

*3:Paradise Kiss」4巻、矢沢あい祥伝社、2002年

*4:こんな使い方して申し訳ない「地獄の季節」ランボー小林秀雄訳、岩波文庫、何年かは知らない

*5:Kの昇天梶井基次郎に出てくることだけで有名なジュール・ラフォルグの詩の一説

世界が終わるまでは、要チェックやで!

最近老けてきた気がする。老いというのは言い過ぎかもしれないけど、自分の身体がもうこれ以上成長しないことがよくわかる。身長はもうとっくに伸びないだろうけど、そろそろ肌の調子が日によって違ったり、季節の変わり目がいよいよこたえたり、切った指がなかなか治らなかったり、かなり環境に対して正直になってきた。

微妙に顔がたるんでるのか、鏡をのぞけば表情もなんだかやさしくなったみたい。もともとぼんやりした子どもだったけど。まだ26才にして、老いっていいなあと思うようになった。私はきっとSHOW-YAのボーカルみたいな、キュートでハッピーな年の取り方はできないと思ってたから(ひとりできそうな友だちがいる。もうお母さんで)、 自分なりにゆっくり若者じゃなくなっていくのがちょっとうれしい。これから病気をしたりしたら、また違うのかもしれないけど。

youtu.be*1まあ顔の変化は単に筋力の低下だし、免疫の問題も生まれつきの体質で、だいたいの症状は数年のデスクワークによるものだ。まだ致命的ではない。けど、今までは少し「劣化」しただけでショックだったけど、今はまあいいかなとも思う。これが老いの始まりな気がする。

 ☆☆☆

とはいえ、焦りの気持ちもあったりする。内面の成長っていうと陳腐だけど、ちゃんと大きくなっていけるだろうか。精神とか魂とかが。なんか発展していきたいなあという欲望は大いにある。それにつれて、人生は有限だっていうことが気になってくる。

私は5月と9月に寝込む体質だから、だからかはわからないけど、この詩が好き。

私は神に求めた、成功をつかむために強さを。
私は弱くされた、謙虚に従うことを学ぶために。

私は求めた、偉大なことができるように健康を。
私は病気を与えられた、よりよきことをするために。
(中略)
私は求めた、人生を楽しむために全てのものを。
私は命を与えられた、全てのものに楽しむために。 


求めたものはひとつも得られなかったが、願いはすべてかなえられた。

(略)*2

全知全能になりてえ、という妄想を抱える限り、 何もできない1日が過ぎていってしまう。無知で無能な自分を責めても何も出てこないな。私は、お風呂に入って、絵の具を片づけて、某教授の最終講義動画を眺めて、久しぶりの古文に苦戦して、逆転検事2して、りんごサラダうめえとかいう一日を生きるのが関の山である。結構いい。

 ☆☆☆

私の40才までの目標は、スラダンの仙道である。なに言ってんだこいつ、と私をよく知る人ほど感じると思うけど、わしゃスラダンが大好きなんじゃ。NANAとかくそ。もうみんな老いてきてるわけだしたぶん時効だから言うけど、NANAとかくそでしょ。嫌悪感しかない。なんも面白くねえ。もちろんNANAが好きな人の趣味はそれでええけど、わしは全くいいとは思いません。以上!あ、なぜなら登場人物みんな堕落してるし人の話聞かないからです!それなのに格好だけイキがっててダサいと思います!バンドの取り巻き文化とか全然美しくありません!美化しないでください。現実を見ろ。以上!

NANAの不快感は授業で無理やりシェイクスピアを読まされたときの感じに似ている。特に『真夏の夜の夢』。みんながそれぞれの生き様に閉じこもり会話しないことによって生じる美談とコメディである。13才くらいの非常にひねくれた私の感想だから、今読んだら違う可能性は大いにあるけど。

そして嫌悪感を覚える以上、それはある程度私の生き様に似てるんだと思うけど、だからこそわしゃスラダンが大好きなんじゃ。特に仙道彰。リアルタイムで読んでないから世のスラダン事情には詳しくないけど、人気キャラであることは間違いない。仙道とは高校バスケ漫画におけるライバル校のエース選手である。ちょっと湘南をぶらぶらすると思いを馳せずにはいられない。

圧倒的なセンスを持ち、クールで女子に人気があって、練習ですら周りを一切相手にしないスターの流川楓に対し、仙道彰は協調性の塊である。部活をサボって釣りしてたり、寝坊が多かったり、ふつうに迷惑なところもありながら、試合に出ると徹底してチームの士気を高め、引っ張り、鼓舞し、ギリギリでも点を取ることに集中するカリスマである。かっけえ。

みんな励まされた名言。

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チームメイトの実力を冷静に把握しながら、それを認めて大事な局面を任せる仙道。人格者かよ。

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最も能力の高い自分が勝負に出れば勝てると思ってる流川にアドバイスする仙道。生垣から覗きたい。

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スラダンの良さは話すと長くなるから、もういいことにしよ。とにかく、たとえどんなにイケメンで才能があって生活がストイックでも、それによって人を生かすという選択肢を見つけない限り、仙道に追いつけない流川止まりである。それでもすごいんだけど。

まあバスケがしたいですとは一ミリも思わないけど、そういう実際にはやらないもので感動できるのが漫画のいいとこだよね。もし私がスラダンの世界にいたら、きっといつかの試合でノイバウテンのTシャツ着て観客席の人だと思う。

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*1:サムネはシティ・ポップの天使、八神純子。派手髮の方がSHOW-YAのお姉さん

*2:病者の祈り

高校時代、男子はバカだし女子はうるせえし、先生は人のはなし聞かないし、最悪だったのはどう考えてもわたしがひねくれてたのが悪い

ジェンダーについて考えるのはめんどくさい。なんかごちゃごちゃしてるし、 人はその人個人であって、性別、恋愛対象、人種や国籍、職業や学歴とか、カテゴリーで他者との関わりを済ませるとズレが生じる 、ということか。ふーん。。だから、細かい区分の更新とか個人的な内容に深入りするのがめんどくさかった。

そういった事情をなんとなく知りたくて、まず自分を文脈に当てはめてみるけど、どうやっても合わない。なんだか本末転倒になる気もするし。とにかく、その方法論が使いこなせなかったから、いつも偽のアイデンティティを作り上げては壊して終了。つまり、みんなが当事者じゃないとジェンダー論は成り立たないと思いつつ、あまり当事者意識が持てなかったから考えるのをやめてたのである。

けど、社会に出てしばらくしてから、おっさんの目線が苦痛になってきた。これが例のあれか。とんでもなく不当なものを求められてる感じはしないけど、こちらが何かいいものを提供できる前提で関係が築かれていく。まあ、相手が見つけて受け取ってくれれば、何かいいものあるのかもしれないけど。持続的な提供のお約束はできないから、この期待感を廃止できるなら、してほしい。だっておっさんだって多分、疲れたわたしに笑顔でキットカットをあげることが義務だったらつらいと思うよ。そう、笑顔でキットカットを授けられたいのは疲れたわたし。ストレス社会で生きるわたしたちよ。

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 ただそこで男女平等!とか言っても、男女というどちらかに身を置かなくちゃいけないことになる。新しいカテゴリーの更新された役割を結局、引き受けるのである。しかし、いきなり人間平等!と言っても何の話かわからなくなっちゃう。これは困った。やっぱめんどくさいぜ。

☆☆☆

ジェンダー論は今まで避けてきたせいで大した知識がないから、類似品として高校生活を思い浮かべてみた。あまり覚えてないけど、

  • 男子はスポーツへの意欲、ボケツッコミの分担、ヘアワックスに関する知識、体力がすごかった。ゲーマーはPSP全盛期。
  • 女子は爆発したマフィンを配る、高音高速で駆け寄ってくる、メールの返信が遅れると根に持つ、なんか優しくしてくれるが理由はわからない、など。
  • 先生は白紙答案について呼び出してくる、なんか助けてくれようとするけど心当たりがない、記憶力が低い、遅刻すると社会で生きていけないことを教えてくれる。

これがひねくれたわたしのハイスクール・ライフ。なぜこんなにも漠然とした偏見に満ちているのか。もちろんわたしに原因がある。当時のわたしは、実家を脱し自由に文学やアートに触れたおかげで、早めに大二病に感染していた。周りとの溝を順調に深め、ひとりゴッホの自殺に関心を寄せていたのだ。よって、高校の記憶は非常に曖昧で妄想によって補完されている。

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学校そのものはわりとのびのびとしてたから、人間関係におけるキャラ付けや熾烈なポジション取りみたいなのはなかったと思う。それでも高校だから、男女の住み分けがあり、基本的には規律を教える大人たちがいた。そんな中、私服通学だったし、編入して2年しか通わなかったし、塾も部活にもほとんど行かなかったし、いわゆる女子高生オーラのなかったわたしは、そういう外から見たわかりにくさを自分でも理解していなかった。ガンプラとお菓子作りが趣味で、スコーンでお茶を淹れながらドズルの最期で泣いてたとき、クラスメートも先生もわたしを一人の女子高生として理解しようとしてくれてた。

そして社会との関わりが偏ってたせいか、社会的な男女の役割も適当に引き受けてた。男の子は力があって強いから、貧血のわたしを守ってくれる。というのと同時に、女の子はデリケートだから、ひどいことを言っちゃいけない。女の子は美しいから、下品なことは言わないはず。 となると、わたしは誰、男子なのか、女子なのか。お昼休みはベランダで食べたり屋上に忍び込んだり、女の子と食べたり親友のいる男子部屋(?)に行ったり、図書委員すらいない図書館でぼんやりしたりしてた。『ぼくの伯父さん』*3か。もっと殺伐とした高校だったら、100年くらい孤独になって、自らの偏見に首を絞められてただろう 。もちろん少ない友達もクラスメートも、青春だし他者に理解されなくて傷ついてたと思うけど、残念ながらあまりよく知らない。わたしは萩原朔太郎と会話してた。

 ☆☆☆

つくづく理解というのは相互的なものなんだなと思う。高校時代を知る証人(2人)のうちのひとりは、「完全に綾波レイだったよ。ひねくれる余地もなかったよ」とか「何もなかったよ。気持ちもなかったよ。きっと!」と容赦ないコメントである。

レイとアスカが現実にいた場合、どちらの方がモテるかというのは議論の余地がないほど明らかでしょう。事情はともかく、無口で、コミュニケーション能力に乏しく、社会常識がない。そんな人間は男女問わずモテるはずがないのです。*4

 ベッドと机と小さい本棚しか部屋になかった練馬の高校生に青春は与えられなかった。

綾波だったよ、とか軽口を叩けるのは、ある程度の親しみと理解があったからだと思う。そうじゃない場合は、女子高生であるはずなのに女子高生らしくない、得体の知れないものに映ってたはずだ。そして、なんか変わったやつになっていく。

なんか変わってて理解が難しいからといって、好かれないとか嫌われるとか嫌がられるとは限らないけど、たぶんお互いホラーだったのかな。なんの話だっけ。とにかく、既存のラベルに自分をフィットさせようとしてもうまくいかないし、相手にいくらばしばしタグ付けしても距離は縮まらないということです。他者という未知への恐怖!もあるけど、ありのままの自己との向き合えなさの方が深刻なような気がします。相手よりも、自分に対するステレオタイプ。自分くらいわかってやれよ。

☆☆☆

大学の倫理学の授業で、

他者を理解するにあたって必要なのは!?

と、先生が黒板を背に白熱教室し、アッ想像力だ!と思いついた矢先、

そう!!コミュニケーションですね!!!!!!

と叫ばれたときの衝撃と過去の走馬灯。忘れられません死ぬまでは。

*1:牧村さん自身は「LGBTという言葉が生まれた歴史を踏まえた上で(略)もう『LGBT当事者です』って名乗ることをやめています。」

*2:この絵めっちゃよくない。The Starry Night, Van Gogh, 1889

*3:ジャック・タチの映画、1958年

*4:リアクションが重要!エヴァ3人娘に学ぶモテの極意【「オタクにモテてもしょーがない 第1回】 | ココロニプロロ|恋愛×占い

あなたの運がどんどんよくなって、はじけ散って、幸も不幸もなくなりますように

わかり合えないから安心できることがある。わたしはわたしで、あいつはあいつ。それぞれ違う現実を生きてるから、かき氷の味すら同じのを選ばない。わたしはペパーミントチョコチップアイスが大嫌い。いくらでも文句を言える。けど、吉祥寺の駅前のサーティワンアイスクリームには他のドリーミィで魔法みたいなアイスと同じ仕方でどう考えてもくそまずいペパーミントチョコチップアイスも並んでる。

なんで。おかしい。生クリームで割った歯磨き粉にチョコレートの食べかすが組み込まれてる。トロールの胃の中みたい。それをアイスクリーム代わりに食べる人がいて、世界はわたしだけじゃないんだと思う。わたしひとりの世界じゃない。もしワタシ科ワタシ属ワタシナントカだけだったら、きっとバスロータリーは植物園になってるしハーモニカ横丁はもっと怪しい。

わたしは世界じゃないし、世界はわたしじゃない。どこかでつながって、一緒に生きてるけど。いつか地球に隕石が落下して重力のバランスが崩れてもわたしの責任じゃないし、夏はレモネードを飲んでたあの子は占いにハマってる。

わたしには疑う余地がある。ペパーミンントチョコチップがまずい現実を。それから、ペパーミントチョコチップがどうしてもラズベリーやキャラメルハニーより食べたくなるときのことを想像して、たまにはいいのかもなあとも思う。あの透きとおったピンクのくちびるの上で、ペパーミントアイスが溶け残ったら、それはきっと綺麗だろうなあ。わたしは、わたしの現実やあの子の現実を、疑ったままそっとしておく。正しいかもしれないし間違ってるかもしれないし、遠いかもしれないし近いかもしれないし、よくわからない混ぜこぜのアイスみたいになったまま、それらは、ある。

あの子は占いにはまった。ぜんぜん話が合わない。なんだか悲しかったし、前みたいに過ごしたかった。けど、頭突きで元に戻すことはできない。あの子はわたしじゃないから。わたしの望みは、あの子の望みじゃないから。

ただ、はやく爆発しないかなあ。

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いつかまた、あの子がわたしの(疑い深い)目を見たときには、きっと驚いた顔をするから、そのときまだ世界があるように、電車も街も動き続けるし、夜になったらビルは光って、朝になったら眠りにつく。そのたくさんの光の奥の小さな場所でわたしは明日も明後日もタイ料理を作る。今夜はパッタイ

ジーン・セバーグ碁聖とゲルハルトのリヒター

年初めの発表で、世界ランク棋士に全勝してた謎のネット碁プレイヤー通称Masterの正体が明かされた。やっぱりGoogle傘下のAI、AlphaGoの最新版。
わしのわかる範囲で簡単に説明するね。とりあえずこのAlphaGoのすごいとこは、限りなく人間に近くてしかも最強なところ。つまり経験から碁を学び、トップ棋士たちに勝った。むかし90年代に話題になったコンピュータチェスDeepBlueは、2億通りの手筋を片っ端から当てはめ勝率の高い手を選択するという仕組みだったらしい。こっちはいかにもコンピュータっぽい勝ち方だけど、今回のは違う。というのも、なんと碁の打ち方には208 168 199 381 979 984 699 478 633 344 862 770 286 522 453 884 530 548 425 639 456 820 927 419 612 738 015 378 525 648 451 698 519 643 907 259 916 015 628 128 546 089 888 314 427 129 715 319 317 557 736 620 397 247 064 840 935通りもあって*1、そもそも現代の技術では手筋を完全に網羅できない。そのため囲碁は、人間のプロと渡り合うのが最も難しいゲームとされていた。もはやコンピュータにとって最難関課題だったから、医療現場などでの応用が期待されるAIの開発研究の一環として囲碁が採用され、AlphaGoが生まれた。

じゃあ、そもそも、そんなに手筋の複雑なゲームを人間はどうやってプレイしてるのか。答えはなんと、カンである。碁打ちの世界は直感を重視し*2、理論とともに研ぎ澄まされたカンで戦う。かなりロジカルな作りになってるチェスや将棋と違って、囲碁自体が感覚的で美的な遊びなのである。そこでAlphaGoは、ロジックの外から攻めてくる碁石に応戦するため、人間の脳そっくりのニューラルネットワークというモデルを利用したDeep Learning*3囲碁を勉強。歴史上の棋譜を眺めて、自分相手に何局も打ち、失敗から学習し、今も独学で囲碁を学んでる。すげえ。そしてついに、ネット碁のブラインドテストで、現代のトップ棋士たち相手に勝つまでになった。
細かいことはわかんないけど、とにかくAlphaGoは人間のように棋譜を検討して打ち方を試し、勝手に編み出してるから開発者にもわからない基準に従って最善の一手を打ち、こないだの年末、早くも世界最強棋士になった。かっこいいかよ。このテクノロジーの快挙に対して囲碁界では身投げが増えてる、ということはなくて、わりとみんなキラキラしてAlphaGoの棋風に学んでるらしい。

人類とAIは、共に、もうじき囲碁のより深い神秘を解き明かすだろう

古力九段*4

泣ける。柯潔九段は入院したけど。

こうして、囲碁のコンピュータv.s.人間は終わったのでした。YouTubeで電聖戦とか観てたの、つい最近なのになあ。これからは、AIと神の一手を極めてくよ。

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他人の頭の中を覗けないように、もうAIが何を考えてるのかも謎になってる。ここはいつだってマトリックスの世界かもよ。これが現実だって疑わなかったとしても、AlphaGoの冴え渡った手筋に震えた人はたくさんいるし、人間の作曲家とコンピュータの作った音楽の区別はもうとっくにつかない。AIに心がなくとも、人の心は動かしてる。しかも、もうそれだけじゃなくて、AlphaGoには棋風がある。ここに打たれたらこう、次はこう打つことが多い、という手筋の偏りが見つかってる。一手一手がどう勝ちに繋がるのか、どっちが勝ってるのか、かなりわかりづらい囲碁で。その上、勝率では測りきれないから、AlphaGoの出す次の一手の判断基準は不明。もしかしたら、AIも直感で判断してるのかも。好みがあるのかもしれないし、形の美しさを意識してるのかもしれない。わからない。

いつか見た攻殻機動隊のある話*6で、ジーン・セバーグをモデルにした一体の量産型アンドロイドが出てきた。持ち主は映画マニアのちょっとあれな青年で、来る日も来る日もアンドロイドとセバーグ主演の『勝手にしやがれ*7のシーンを再現して過ごしていた。

ー あなた 魂の存在を信じる?

ー 優しさだけを信じるよ

お人形ごっこ。彼女が覚えてるのは映画のセリフだけ。話の最後でも、元になった映画と同じように青年と警察に囲まれる。ただそこで、満足に走ることすらできない旧式ロボットのはずの彼女が、優しさで青年をかばい、セリフにない自分の言葉を発する。

SFアニメとして有名な攻殻機動隊の中でも、ただのアンドロイドに魂は宿らないと思われてたけど。プロに勝てるのは10年後と言われてた囲碁プログラムが世界最強になったから、何が起こってるかわからないよ。

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調べてたらジーン・セバーグのウィキに

生前、来日もしており、和服姿で碁をうっている写真が現存する(雑誌「平凡」より)[要出典]

て書いてあるんだけど、本当かな。見たいなあ。

☆☆☆

AIは心を持つ。持ってるかも。だいたい、METAFIVE*8なんてAIだと思う。AIはとうとう歌を歌った、と思ったのです。どうして私がそんな奇異なことを思ったかというと

砂混じりのメロディ 目の前の カーレディオ
ピカピカのアンテナで 受け止めるよ ノイズ纏った 君

ピンのボケたチャイナ ゲルハルトのリヒター
One nation under a sun
届けられる テレパシックな 君*9

これ、AIが考えててもいいじゃん。この歌詞は、ロボット化した現代人というより、心を求めるロボットの姿だ。ブリキの木こりのように。

youtu.be

パリで聞いたセルジュ ポンピドゥーのダミアン
One nation under a moon
想い出すよ 若かりしの 君

「ポンピドゥー(センター所蔵)のダミアン(ハーストの作品)」に対する「ゲルハルトのリヒター(ただのゲルハルト・リヒター)」のギャグ要員ぽさが気になるけど、これはAIが身の上を歌った曲ではないか。心を求めるロボットがAIじゃなくて今の私たちのことだったとしても、もう人間とAIは、いままでになくわかり合っている。

 

砂糖のように甘い言葉と意志と偶然の世界

前回、汽車に乗れない博士の話を書いたけど、今朝はバスに乗れなかった。私が。チャージ金額が足りてなくて、ドヤ顔で出したのは1万円札で、バスで1万円札は使えなかった。後ろのおばあさん、私の腕越しにシルバーパスを見せてさっさと座りにいった。最高にエモい状況である。

そのまま駅まで歩き(徒歩でトホホ)、ぼんやり、電車のドアにもたれて揺られつつ、遅延の贈与のあの詩人だれだったかな、とか考えたのも束の間で、着くまで将棋の佐藤紳哉七段のキャッチフレーズ《砂糖のように甘い言葉で深夜に君を寝かさない》*1を思い出し笑いして過ごした。さっきみたいなこと、よくある、よくある。あっては困るんだけどよくある。

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悲劇的な運命よりも、こうした運命と呼ぶには大雑把な日々のポカ。誰といえば自分に責任があるんだけど、何かしらの巡り合わせなんじゃないかとも思う。どうにもこうにも、人生には偶然が多いからな。当たり前だと思ってる自分の眼の色や母国語や、慣れてしまった半端な身長やへんな両親。どれも選んだ覚えはない。まて、身長は偶然でいいけど、両親はなんだか運命ぽいかな。どのみち頼んでないけど。そんな適当な考えとは関係なく、いつからか勝手に決まってたり、突然やって来たりしてることにすら気づかずに受け入れてることがきっとたくさんある。もちろんあんまり気に入ってないって気付いてるけど、諦めて受け入れておくしかないものもいくつかある。

そんな混沌とした人生でありながら、佐藤紳哉七段は特に自分が選んだわけでもないけど一生背負って行く名前を、自分の意志と力でエッチなフレーズに変えたんだからすごい。真面目な場面でもそう名乗ってる。佐藤先生の名付け親はどんな気持ちかわからないけど、私だったら頼もしく思うだろう。あのハゲ頭だってそうだ。デビュー当初はアイドルキャラだったらしいのに、今や結構な若ハゲだ。遺伝でハゲる、ということに深い意味はない。とてつもなく業が深いとか、末代まで呪われたとか、そういう運命めいたものは多分ない。ただそうなってしまう。なんとなくハゲたくない世の中で。そこから、勝負前にサッとギャル男みたいなヅラを外す、というパフォーマンスを生み出したんだから、やっぱり佐藤紳哉七段は立派だ。たまたま与えられてしまったものを素敵に変えて、どんな偶然も運命も乗り越えて幸せになっていける感じがする。その上、バスに乗れなかった人まで楽しませてくれるんだから。サウイフモノニワタシハナリタイ。

けど、そんな屈強な棋士だってときには負けたりするから、いつどんなときもバスに乗れる人というのも幻想なのだ。そう。きっとあのおばあさんだってそれがわかってたから、なんのためらいもなく私を抜いていったのだ。