たいらくなていたらく

頽落(たいらく)とは - 頽廃してしまった人間存在。堕落と言い換えてもよいだろう。ハイデガーの言葉。

世界が終わるまでは、要チェックやで!

最近老けてきた気がする。老いというのは言い過ぎかもしれないけど、自分の身体がもうこれ以上成長しないことがよくわかる。身長はもうとっくに伸びないだろうけど、そろそろ肌の調子が日によって違ったり、季節の変わり目がいよいよこたえたり、切った指がなかなか治らなかったり、かなり環境に対して正直になってきた。

微妙に顔がたるんでるのか、鏡をのぞけば表情もなんだかやさしくなったみたい。もともとぼんやりした子どもだったけど。まだ26才にして、老いっていいなあと思うようになった。私はきっとSHOW-YAのボーカルみたいな、キュートでハッピーな年の取り方はできないと思ってたから(ひとりできそうな友だちがいる。もうお母さんで)、 自分なりにゆっくり若者じゃなくなっていくのがちょっとうれしい。これから病気をしたりしたら、また違うのかもしれないけど。

youtu.be*1まあ顔の変化は単に筋力の低下だし、免疫の問題も生まれつきの体質で、だいたいの症状は数年のデスクワークによるものだ。まだ致命的ではない。けど、今までは少し「劣化」しただけでショックだったけど、今はまあいいかなとも思う。これが老いの始まりな気がする。

 ☆☆☆

とはいえ、焦りの気持ちもあったりする。内面の成長っていうと陳腐だけど、ちゃんと大きくなっていけるだろうか。精神とか魂とかが。なんか発展していきたいなあという欲望は大いにある。それにつれて、人生は有限だっていうことが気になってくる。

私は5月と9月に寝込む体質だから、だからかはわからないけど、この詩が好き。

私は神に求めた、成功をつかむために強さを。
私は弱くされた、謙虚に従うことを学ぶために。

私は求めた、偉大なことができるように健康を。
私は病気を与えられた、よりよきことをするために。
(中略)
私は求めた、人生を楽しむために全てのものを。
私は命を与えられた、全てのものに楽しむために。 


求めたものはひとつも得られなかったが、願いはすべてかなえられた。

(略)*2

全知全能になりてえ、という妄想を抱える限り、 何もできない1日が過ぎていってしまう。無知で無能な自分を責めても何も出てこないな。私は、お風呂に入って、絵の具を片づけて、某教授の最終講義動画を眺めて、久しぶりの古文に苦戦して、逆転検事2して、りんごサラダうめえとかいう一日を生きるのが関の山である。結構いい。

 ☆☆☆

私の40才までの目標は、スラダンの仙道である。なに言ってんだこいつ、と私をよく知る人ほど感じると思うけど、わしゃスラダンが大好きなんじゃ。NANAとかくそ。もうみんな老いてきてるわけだしたぶん時効だから言うけど、NANAとかくそでしょ。嫌悪感しかない。なんも面白くねえ。もちろんNANAが好きな人の趣味はそれでええけど、わしは全くいいとは思いません。以上!あ、なぜなら登場人物みんな堕落してるし人の話聞かないからです!それなのに格好だけイキがっててダサいと思います!バンドの取り巻き文化とか全然美しくありません!美化しないでください。現実を見ろ。以上!

NANAの不快感は授業で無理やりシェイクスピアを読まされたときの感じに似ている。特に『真夏の夜の夢』。みんながそれぞれの生き様に閉じこもり会話しないことによって生じる美談とコメディである。13才くらいの非常にひねくれた私の感想だから、今読んだら違う可能性は大いにあるけど。

そして嫌悪感を覚える以上、それはある程度私の生き様に似てるんだと思うけど、だからこそわしゃスラダンが大好きなんじゃ。特に仙道彰。リアルタイムで読んでないから世のスラダン事情には詳しくないけど、人気キャラであることは間違いない。仙道とは高校バスケ漫画におけるライバル校のエース選手である。ちょっと湘南をぶらぶらすると思いを馳せずにはいられない。

圧倒的なセンスを持ち、クールで女子に人気があって、練習ですら周りを一切相手にしないスターの流川楓に対し、仙道彰は協調性の塊である。部活をサボって釣りしてたり、寝坊が多かったり、ふつうに迷惑なところもありながら、試合に出ると徹底してチームの士気を高め、引っ張り、鼓舞し、ギリギリでも点を取ることに集中するカリスマである。かっけえ。

みんな励まされた名言。

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チームメイトの実力を冷静に把握しながら、それを認めて大事な局面を任せる仙道。人格者かよ。

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最も能力の高い自分が勝負に出れば勝てると思ってる流川にアドバイスする仙道。生垣から覗きたい。

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スラダンの良さは話すと長くなるから、もういいことにしよ。とにかく、たとえどんなにイケメンで才能があって生活がストイックでも、それによって人を生かすという選択肢を見つけない限り、仙道に追いつけない流川止まりである。それでもすごいんだけど。

まあバスケがしたいですとは一ミリも思わないけど、そういう実際にはやらないもので感動できるのが漫画のいいとこだよね。もし私がスラダンの世界にいたら、きっといつかの試合でノイバウテンのTシャツ着て観客席の人だと思う。

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*1:サムネはシティ・ポップの天使、八神純子。派手髮の方がSHOW-YAのお姉さん

*2:病者の祈り

高校時代、男子はバカだし女子はうるせえし、先生は人のはなし聞かないし、最悪だったのはどう考えてもわたしがひねくれてたのが悪い

ジェンダーについて考えるのはめんどくさい。なんかごちゃごちゃしてるし、 人はその人個人であって、性別、恋愛対象、人種や国籍、職業や学歴とか、カテゴリーで他者との関わりを済ませるとズレが生じる 、ということか。ふーん。。だから、細かい区分の更新とか個人的な内容に深入りするのがめんどくさかった。

そういった事情をなんとなく知りたくて、まず自分を文脈に当てはめてみるけど、どうやっても合わない。なんだか本末転倒になる気もするし。とにかく、その方法論が使いこなせなかったから、いつも偽のアイデンティティを作り上げては壊して終了。つまり、みんなが当事者じゃないとジェンダー論は成り立たないと思いつつ、あまり当事者意識が持てなかったから考えるのをやめてたのである。

けど、社会に出てしばらくしてから、おっさんの目線が苦痛になってきた。これが例のあれか。とんでもなく不当なものを求められてる感じはしないけど、こちらが何かいいものを提供できる前提で関係が築かれていく。まあ、相手が見つけて受け取ってくれれば、何かいいものあるのかもしれないけど。持続的な提供のお約束はできないから、この期待感を廃止できるなら、してほしい。だっておっさんだって多分、疲れたわたしに笑顔でキットカットをあげることが義務だったらつらいと思うよ。そう、笑顔でキットカットを授けられたいのは疲れたわたし。ストレス社会で生きるわたしたちよ。

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 ただそこで男女平等!とか言っても、男女というどちらかに身を置かなくちゃいけないことになる。新しいカテゴリーの更新された役割を結局、引き受けるのである。しかし、いきなり人間平等!と言っても何の話かわからなくなっちゃう。これは困った。やっぱめんどくさいぜ。

☆☆☆

ジェンダー論は今まで避けてきたせいで大した知識がないから、類似品として高校生活を思い浮かべてみた。あまり覚えてないけど、

  • 男子はスポーツへの意欲、ボケツッコミの分担、ヘアワックスに関する知識、体力がすごかった。ゲーマーはPSP全盛期。
  • 女子は爆発したマフィンを配る、高音高速で駆け寄ってくる、メールの返信が遅れると根に持つ、なんか優しくしてくれるが理由はわからない、など。
  • 先生は白紙答案について呼び出してくる、なんか助けてくれようとするけど心当たりがない、記憶力が低い、遅刻すると社会で生きていけないことを教えてくれる。

これがひねくれたわたしのハイスクール・ライフ。なぜこんなにも漠然とした偏見に満ちているのか。もちろんわたしに原因がある。当時のわたしは、実家を脱し自由に文学やアートに触れたおかげで、早めに大二病に感染していた。周りとの溝を順調に深め、ひとりゴッホの自殺に関心を寄せていたのだ。よって、高校の記憶は非常に曖昧で妄想によって補完されている。

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学校そのものはわりとのびのびとしてたから、人間関係におけるキャラ付けや熾烈なポジション取りみたいなのはなかったと思う。それでも高校だから、男女の住み分けがあり、基本的には規律を教える大人たちがいた。そんな中、私服通学だったし、編入して2年しか通わなかったし、塾も部活にもほとんど行かなかったし、いわゆる女子高生オーラのなかったわたしは、そういう外から見たわかりにくさを自分でも理解していなかった。ガンプラとお菓子作りが趣味で、スコーンでお茶を淹れながらドズルの最期で泣いてたとき、クラスメートも先生もわたしを一人の女子高生として理解しようとしてくれてた。

そして社会との関わりが偏ってたせいか、社会的な男女の役割も適当に引き受けてた。男の子は力があって強いから、貧血のわたしを守ってくれる。というのと同時に、女の子はデリケートだから、ひどいことを言っちゃいけない。女の子は美しいから、下品なことは言わないはず。 となると、わたしは誰、男子なのか、女子なのか。お昼休みはベランダで食べたり屋上に忍び込んだり、女の子と食べたり親友のいる男子部屋(?)に行ったり、図書委員すらいない図書館でぼんやりしたりしてた。『ぼくの伯父さん』*3か。もっと殺伐とした高校だったら、100年くらい孤独になって、自らの偏見に首を絞められてただろう 。もちろん少ない友達もクラスメートも、青春だし他者に理解されなくて傷ついてたと思うけど、残念ながらあまりよく知らない。わたしは萩原朔太郎と会話してた。

 ☆☆☆

つくづく理解というのは相互的なものなんだなと思う。高校時代を知る証人(2人)のうちのひとりは、「完全に綾波レイだったよ。ひねくれる余地もなかったよ」とか「何もなかったよ。気持ちもなかったよ。きっと!」と容赦ないコメントである。

レイとアスカが現実にいた場合、どちらの方がモテるかというのは議論の余地がないほど明らかでしょう。事情はともかく、無口で、コミュニケーション能力に乏しく、社会常識がない。そんな人間は男女問わずモテるはずがないのです。*4

 ベッドと机と小さい本棚しか部屋になかった練馬の高校生に青春は与えられなかった。

綾波だったよ、とか軽口を叩けるのは、ある程度の親しみと理解があったからだと思う。そうじゃない場合は、女子高生であるはずなのに女子高生らしくない、得体の知れないものに映ってたはずだ。そして、なんか変わったやつになっていく。

なんか変わってて理解が難しいからといって、好かれないとか嫌われるとか嫌がられるとは限らないけど、たぶんお互いホラーだったのかな。なんの話だっけ。とにかく、既存のラベルに自分をフィットさせようとしてもうまくいかないし、相手にいくらばしばしタグ付けしても距離は縮まらないということです。他者という未知への恐怖!もあるけど、ありのままの自己との向き合えなさの方が深刻なような気がします。相手よりも、自分に対するステレオタイプ。自分くらいわかってやれよ。

☆☆☆

大学の倫理学の授業で、

他者を理解するにあたって必要なのは!?

と、先生が黒板を背に白熱教室し、アッ想像力だ!と思いついた矢先、

そう!!コミュニケーションですね!!!!!!

と叫ばれたときの衝撃と過去の走馬灯。忘れられません死ぬまでは。

*1:牧村さん自身は「LGBTという言葉が生まれた歴史を踏まえた上で(略)もう『LGBT当事者です』って名乗ることをやめています。」

*2:この絵めっちゃよくない。The Starry Night, Van Gogh, 1889

*3:ジャック・タチの映画、1958年

*4:リアクションが重要!エヴァ3人娘に学ぶモテの極意【「オタクにモテてもしょーがない 第1回】 | ココロニプロロ|恋愛×占い

あなたの運がどんどんよくなって、はじけ散って、幸も不幸もなくなりますように

わかり合えないから安心できることがある。わたしはわたしで、あいつはあいつ。それぞれ違う現実を生きてるから、かき氷の味すら同じのを選ばない。わたしはペパーミントチョコチップアイスが大嫌い。いくらでも文句を言える。けど、吉祥寺の駅前のサーティワンアイスクリームには他のドリーミィで魔法みたいなアイスと同じ仕方でどう考えてもくそまずいペパーミントチョコチップアイスも並んでる。

なんで。おかしい。生クリームで割った歯磨き粉にチョコレートの食べかすが組み込まれてる。トロールの胃の中みたい。それをアイスクリーム代わりに食べる人がいて、世界はわたしだけじゃないんだと思う。わたしひとりの世界じゃない。もしワタシ科ワタシ属ワタシナントカだけだったら、きっとバスロータリーは植物園になってるしハーモニカ横丁はもっと怪しい。

わたしは世界じゃないし、世界はわたしじゃない。どこかでつながって、一緒に生きてるけど。いつか地球に隕石が落下して重力のバランスが崩れてもわたしの責任じゃないし、夏はレモネードを飲んでたあの子は占いにハマってる。

わたしには疑う余地がある。ペパーミンントチョコチップがまずい現実を。それから、ペパーミントチョコチップがどうしてもラズベリーやキャラメルハニーより食べたくなるときのことを想像して、たまにはいいのかもなあとも思う。あの透きとおったピンクのくちびるの上で、ペパーミントアイスが溶け残ったら、それはきっと綺麗だろうなあ。わたしは、わたしの現実やあの子の現実を、疑ったままそっとしておく。正しいかもしれないし間違ってるかもしれないし、遠いかもしれないし近いかもしれないし、よくわからない混ぜこぜのアイスみたいになったまま、それらは、ある。

あの子は占いにはまった。ぜんぜん話が合わない。なんだか悲しかったし、前みたいに過ごしたかった。けど、頭突きで元に戻すことはできない。あの子はわたしじゃないから。わたしの望みは、あの子の望みじゃないから。

ただ、はやく爆発しないかなあ。

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いつかまた、あの子がわたしの(疑い深い)目を見たときには、きっと驚いた顔をするから、そのときまだ世界があるように、電車も街も動き続けるし、夜になったらビルは光って、朝になったら眠りにつく。そのたくさんの光の奥の小さな場所でわたしは明日も明後日もタイ料理を作る。今夜はパッタイ

ジーン・セバーグ碁聖とゲルハルトのリヒター

年初めの発表で、世界ランク棋士に全勝してた謎のネット碁プレイヤー通称Masterの正体が明かされた。やっぱりGoogle傘下のAI、AlphaGoの最新版。
わしのわかる範囲で簡単に説明するね。とりあえずこのAlphaGoのすごいとこは、限りなく人間に近くてしかも最強なところ。つまり経験から碁を学び、トップ棋士たちに勝った。むかし90年代に話題になったコンピュータチェスDeepBlueは、2億通りの手筋を片っ端から当てはめ勝率の高い手を選択するという仕組みだったらしい。こっちはいかにもコンピュータっぽい勝ち方だけど、今回のは違う。というのも、なんと碁の打ち方には208 168 199 381 979 984 699 478 633 344 862 770 286 522 453 884 530 548 425 639 456 820 927 419 612 738 015 378 525 648 451 698 519 643 907 259 916 015 628 128 546 089 888 314 427 129 715 319 317 557 736 620 397 247 064 840 935通りもあって*1、そもそも現代の技術では手筋を完全に網羅できない。そのため囲碁は、人間のプロと渡り合うのが最も難しいゲームとされていた。もはやコンピュータにとって最難関課題だったから、医療現場などでの応用が期待されるAIの開発研究の一環として囲碁が採用され、AlphaGoが生まれた。

じゃあ、そもそも、そんなに手筋の複雑なゲームを人間はどうやってプレイしてるのか。答えはなんと、カンである。碁打ちの世界は直感を重視し*2、理論とともに研ぎ澄まされたカンで戦う。かなりロジカルな作りになってるチェスや将棋と違って、囲碁自体が感覚的で美的な遊びなのである。そこでAlphaGoは、ロジックの外から攻めてくる碁石に応戦するため、人間の脳そっくりのニューラルネットワークというモデルを利用したDeep Learning*3囲碁を勉強。歴史上の棋譜を眺めて、自分相手に何局も打ち、失敗から学習し、今も独学で囲碁を学んでる。すげえ。そしてついに、ネット碁のブラインドテストで、現代のトップ棋士たち相手に勝つまでになった。
細かいことはわかんないけど、とにかくAlphaGoは人間のように棋譜を検討して打ち方を試し、勝手に編み出してるから開発者にもわからない基準に従って最善の一手を打ち、こないだの年末、早くも世界最強棋士になった。かっこいいかよ。このテクノロジーの快挙に対して囲碁界では身投げが増えてる、ということはなくて、わりとみんなキラキラしてAlphaGoの棋風に学んでるらしい。

人類とAIは、共に、もうじき囲碁のより深い神秘を解き明かすだろう

古力九段*4

泣ける。柯潔九段は入院したけど。

こうして、囲碁のコンピュータv.s.人間は終わったのでした。YouTubeで電聖戦とか観てたの、つい最近なのになあ。これからは、AIと神の一手を極めてくよ。

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他人の頭の中を覗けないように、もうAIが何を考えてるのかも謎になってる。ここはいつだってマトリックスの世界かもよ。これが現実だって疑わなかったとしても、AlphaGoの冴え渡った手筋に震えた人はたくさんいるし、人間の作曲家とコンピュータの作った音楽の区別はもうとっくにつかない。AIに心がなくとも、人の心は動かしてる。しかも、もうそれだけじゃなくて、AlphaGoには棋風がある。ここに打たれたらこう、次はこう打つことが多い、という手筋の偏りが見つかってる。一手一手がどう勝ちに繋がるのか、どっちが勝ってるのか、かなりわかりづらい囲碁で。その上、勝率では測りきれないから、AlphaGoの出す次の一手の判断基準は不明。もしかしたら、AIも直感で判断してるのかも。好みがあるのかもしれないし、形の美しさを意識してるのかもしれない。わからない。

いつか見た攻殻機動隊のある話*6で、ジーン・セバーグをモデルにした一体の量産型アンドロイドが出てきた。持ち主は映画マニアのちょっとあれな青年で、来る日も来る日もアンドロイドとセバーグ主演の『勝手にしやがれ*7のシーンを再現して過ごしていた。

ー あなた 魂の存在を信じる?

ー 優しさだけを信じるよ

お人形ごっこ。彼女が覚えてるのは映画のセリフだけ。話の最後でも、元になった映画と同じように青年と警察に囲まれる。ただそこで、満足に走ることすらできない旧式ロボットのはずの彼女が、優しさで青年をかばい、セリフにない自分の言葉を発する。

SFアニメとして有名な攻殻機動隊の中でも、ただのアンドロイドに魂は宿らないと思われてたけど。プロに勝てるのは10年後と言われてた囲碁プログラムが世界最強になったから、何が起こってるかわからないよ。

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調べてたらジーン・セバーグのウィキに

生前、来日もしており、和服姿で碁をうっている写真が現存する(雑誌「平凡」より)[要出典]

て書いてあるんだけど、本当かな。見たいなあ。

☆☆☆

AIは心を持つ。持ってるかも。だいたい、METAFIVE*8なんてAIだと思う。AIはとうとう歌を歌った、と思ったのです。どうして私がそんな奇異なことを思ったかというと

砂混じりのメロディ 目の前の カーレディオ
ピカピカのアンテナで 受け止めるよ ノイズ纏った 君

ピンのボケたチャイナ ゲルハルトのリヒター
One nation under a sun
届けられる テレパシックな 君*9

これ、AIが考えててもいいじゃん。この歌詞は、ロボット化した現代人というより、心を求めるロボットの姿だ。ブリキの木こりのように。

youtu.be

パリで聞いたセルジュ ポンピドゥーのダミアン
One nation under a moon
想い出すよ 若かりしの 君

「ポンピドゥー(センター所蔵)のダミアン(ハーストの作品)」に対する「ゲルハルトのリヒター(ただのゲルハルト・リヒター)」のギャグ要員ぽさが気になるけど、これはAIが身の上を歌った曲ではないか。心を求めるロボットがAIじゃなくて今の私たちのことだったとしても、もう人間とAIは、いままでになくわかり合っている。

 

砂糖のように甘い言葉と意志と偶然の世界

前回、汽車に乗れない博士の話を書いたけど、今朝はバスに乗れなかった。私が。チャージ金額が足りてなくて、ドヤ顔で出したのは1万円札で、バスで1万円札は使えなかった。後ろのおばあさん、私の腕越しにシルバーパスを見せてさっさと座りにいった。最高にエモい状況である。

そのまま駅まで歩き(徒歩でトホホ)、ぼんやり、電車のドアにもたれて揺られつつ、遅延の贈与のあの詩人だれだったかな、とか考えたのも束の間で、着くまで将棋の佐藤紳哉七段のキャッチフレーズ《砂糖のように甘い言葉で深夜に君を寝かさない》*1を思い出し笑いして過ごした。さっきみたいなこと、よくある、よくある。あっては困るんだけどよくある。

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悲劇的な運命よりも、こうした運命と呼ぶには大雑把な日々のポカ。誰といえば自分に責任があるんだけど、何かしらの巡り合わせなんじゃないかとも思う。どうにもこうにも、人生には偶然が多いからな。当たり前だと思ってる自分の眼の色や母国語や、慣れてしまった半端な身長やへんな両親。どれも選んだ覚えはない。まて、身長は偶然でいいけど、両親はなんだか運命ぽいかな。どのみち頼んでないけど。そんな適当な考えとは関係なく、いつからか勝手に決まってたり、突然やって来たりしてることにすら気づかずに受け入れてることがきっとたくさんある。もちろんあんまり気に入ってないって気付いてるけど、諦めて受け入れておくしかないものもいくつかある。

そんな混沌とした人生でありながら、佐藤紳哉七段は特に自分が選んだわけでもないけど一生背負って行く名前を、自分の意志と力でエッチなフレーズに変えたんだからすごい。真面目な場面でもそう名乗ってる。佐藤先生の名付け親はどんな気持ちかわからないけど、私だったら頼もしく思うだろう。あのハゲ頭だってそうだ。デビュー当初はアイドルキャラだったらしいのに、今や結構な若ハゲだ。遺伝でハゲる、ということに深い意味はない。とてつもなく業が深いとか、末代まで呪われたとか、そういう運命めいたものは多分ない。ただそうなってしまう。なんとなくハゲたくない世の中で。そこから、勝負前にサッとギャル男みたいなヅラを外す、というパフォーマンスを生み出したんだから、やっぱり佐藤紳哉七段は立派だ。たまたま与えられてしまったものを素敵に変えて、どんな偶然も運命も乗り越えて幸せになっていける感じがする。その上、バスに乗れなかった人まで楽しませてくれるんだから。サウイフモノニワタシハナリタイ。

けど、そんな屈強な棋士だってときには負けたりするから、いつどんなときもバスに乗れる人というのも幻想なのだ。そう。きっとあのおばあさんだってそれがわかってたから、なんのためらいもなく私を抜いていったのだ。

好きな子のフルート浮かべて最上川

立ち読みしながらSpotifyしてたら、こんな出だしの曲がきた。

あの子の大事なフルートを 汚い小川に浮かべて
どこまでも見送るよ 沈んで見えなくなるまで*1

これは?!

ンッフッフ〜wwwワカルワア〜www

喜びと同時に、なんか言い当てられたような恥ずかしさ。

このクウチュウ戦の新譜は、好きすぎるせいでリアルタイムでチェックしてなかった。3年くらい寝かせるつもりだった。たまたま、なんとなく世の新たなサービスでランダム再生したら出てきたから聞いた。結果、無事陥落。雑誌しかないくまざわ書店で立ちつくす。

脳は陥落したけど歌は続く。

君の瞳はまるで 宝石みたいに嘘つき
騙されてあげてもいいけれど そうね
気分次第

リモコンで世界を 最初まで 巻き戻して
そしたら 仲良くなれる 君と僕

潔くエレガントな、「君」の拒絶だ。フルートを吹く君にどうしようもなく惹かれるけど、本当の君は嘘つきで偽物だから、気まぐれでしか付き合ってあげないよ。そういう事情がぜんぶなかったら、一緒に過ごせたかもね(さようなら)。

このお別れにとって余計な、騙されたいなあ、というエモい感情をひっそり小さくするためにに「あの子の大事なフルート」は「僕」の手によって世界の果てまで押しやられる。

 ☆☆☆

 あんまり歌詞そのものについては、分析しないことにしよ。理由は、この曲が好きすぎて恥ずかしいし何も言えないから、という正当なものである。代わりに、心に爆誕した「エモなんてぶっ壊せ」というフィーリングだけに注目したい。

まず、よく言うエモいってなに。今では、マイケミなどゴスと混同されがちなサブカルチャー(Emo)とは特に関係なく、

エモい

①物悲しい、寂しい様子。
②感情が高ぶっている様子。感動、感激したときに使う。*2

というような心境のことを指す。エモい感情を掻き立てるものとしては、人によってかなり違うらしいけど、まあ夕暮れの電線とかかな。覚えのないノスタルジー。不意に現れた、いまと過去の繋がり。一気にこの場へ流れ込む過去。感傷みたいなの。けどググってみたら、生牡蠣がエモい、という例があったのでわからなくなりました。すごいな他者は。ただ、ある人はエモい映画や音楽や風景(もしかしたら食べ物も)に接するのが好きだし、ある人はそうでない。私は、エモさをそんなに求めない。むしろ、そんな気持ちの高ぶりを察知すると、

A.B.Cを希求して1,2,3を撃破せよ

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ぶむぶむぶむぶむぶむ*3

という感じになる。ダダイストのふりして、エモい何かが主張してきた一切の意味とか、心の動きとかを完全に否定し無かったことにしたくなる。それからAKIRAバイクレースとかもめちゃくちゃに思い出してかき消す。それがなんだってんだ、けっ!辛気くせえんだよ!シラケるぜ。

youtu.beこんな風に、悲しく恋しく心地よく揺さぶられるエモ愉快と、グッと胸に迫られたことにイラつき追い返すエモ不愉快がある。なんでかは、わかんない。

わかんないけど、エモ不愉快になりがち、つまりエモさが生じると同時に破壊したくなりがちな私がどうしても避けたいのは、エモさにとらわれることである。適度にエモさをエンジョイする自信のない私は、自分自身のエモい感情に酔っ払い、現実が見えなくなってしまうことが怖い。たぶん残された身体の方の表情も、情けない感じになってるし。だってAKIRAでも、ひとりで夢を見続けた鉄男は自滅してしまった(教訓)。

でも、まったくエモくならない、エモさを一切感じない生き方も難しい。

戦争も AIDSも

楽しむしかないのよ*4

このくらい鋼のメンタルにならないと。時間かかりそう。限りなく透明に近いブルーや、眼球譚の女の子くらい強い感じが求められる。ノルウェイの森の緑くらいがんばらないと。*5(ドウデモイイけど、村上春樹はとても好きなのにある種のハルキスト男子にはとてもイライラする理由も、このあたりに隠れてそう。)

エモが愉快でなく、かといって無視もできない場合は、どうすればいいの。それは、エモさに対する主導権を握っていくしかない。

できれば、こんな風に。

汽車

 

ぼくの詩のなかを
いつも汽車がはしってゆく

その汽車には たぶん
おまえが乗っているのだろう

でも
ぼくにはその汽車に乗ることができない

かなしみは
いつも外から
見送るものだ*6

 

汽車に乗ることのできない「ぼく」はきっとかなしいはずだ。
でも、彼はむやみに泣き叫んだり、かなしみにどっぷりと入り込んだりはしない。
「いつも外から見送るものだからね」とのんびりしている。*7

これは、前に友だちが教えてくれた、今日にぴったりの詩。あの子からフルートを奪って川に流すように、「かなしみ」を「ぼく」や「汽車」や「おまえ」から引きちぎって眺めてる。しかも「ぼく」は、エモい感情を破壊したり、川に流す・空に飛ばす・土に埋めるなどして遠くへやらないで、標本のように手に取って見つめる。虫眼鏡でのぞいたり、光にすかしたりして。これがぼくの感情かあ。いや、人の感情というものかあ。かなしみ、ね。これは、「いつも外から見送るものだ」ね。なるほど、なるほど(ちょっと胸が痛むかなあ)。

 え、かっこよ。変態博士みたい。

けど、エモ愉快にも鋼の女にも変態博士にもなれない私は、こっそり、クウチュウ戦と好きな(んて言ってない)子のフルート浮かべて最上川

*1:フルート - クウチュウ戦

*2:若者言葉辞典: http://bosesound.blog133.fc2.com/blog-entry-346.html

*3:『ダダ宣言』トリスタン・ツァラ

*4:HYPER DESIRE - DEAD END

*5:それぞれ、村上龍ジョルジュ・バタイユ村上春樹の小説。

*6:「汽車」寺山修司

*7:はい哲学科研究室です

それ普通のことだから(つまんないし意味ないよ)

真面目なツイートに対する「それ普通のことだから(なんも上手いこと言ってないよ)」。Amazonの実用書とか映画レビューとかの、 内容が凡庸すぎてつまんなかったです価値なし、も似てる。

私の場合は、 ネットサーフィンしてて、うわーこの記事、何も言ってないじゃん。無に等しい。時間の無駄だったわ。もっとまともなこと書く人いないのかよ。人類に期待しすぎたー、とかかな。せっかくエネルギーをかけたのに、なんの目新しさもなかった。普通でつまんない。

奮発して買った本だったり、3時間かけて観た映画だったりがありきたりで面白くなかったらとても残念だし、えーっと思うし、プロなのに?と文句も言いたくなるかもしれない。けど大学に入ったあたりから、リアルの人間関係でも「それ普通のことだから(つまんないし意味ないよ)」に出会うようになった。

友だちと会っても、仕事で話し合いしてても、顔を合わせる場面になると、普通のことを言ってはならない、オリジナリティをみせろ、新しいことを言え、わかったか、という空気をたまに感じる。場が異次元になる。たぶんこれは、普通のことを言ってはならない!というどこからともない戒めが、なんとなく空気に乗って始まっていく。(こうした戒めの出所、戒めに伝染しやすい人・しにくい人など、これは別の物語、いつかまた、別のときにはなすことにしよう。)

そうすると謎の緊張感から、奇々怪々な計画とか、奇跡とか悪魔が生まれる。ただ、そういう生活に慣れてくると、自分がすでに考えた・見たことがある・感じていることが他人から出てくると、「知ってる」「つまらない」と切り捨ててることがある。(自分は生活の些細なことから再発見したり、繰り返す毎日に感動したり、そこからひらめいたりするのに?)でも結局は他人なんだから、いくら似たようなことを言っていても、同じ時代を経験してても、よくよく聞けば別の話のはず。そしてそれを「知ってる」と思っても、どこまで本当かはわからない。

 

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f:id:zazalion3:20170103200200j:plain*1

 人類みんな他人。私以外私じゃないの。そんな風に考えると、それ普通のことだから、というのは誰かと現実を共有できてる証拠なんじゃないか。別々の人間である二人が、どこかでわかり合ってるのかも。

そして、その普通はきっと世界の普通じゃない。みんながわかり合ってたら言葉はいらないし、道を歩いてるあの人には異常かもしれない。というか異常だ。向かいのおじさんがオレの一日を紹介してきたら、やべえな、と思うポイントが聞いてて無数にあるだろう。なんだそれ普通、と言えるとしたら、もしかして極めて特殊で、貴重で、大切な了解が、私とおじさんの関係という小さな場所で生じてるのかも。学校とか家族とか業界とか、より社会的な場所でおじさんと共有している「常識」*2は単なる目隠しかもしれないけど。

「それ私には普通のことだから。もう知ってる。わかる」が、個人と個人の間で起こって、ちょっとずつ増えていったら。私とあなたの普通がたくさん生まれていったら。友情とかきもいけど、私泣いたりするんじゃないかと感じてる。はっはーん。

ありふれている、当たり前、当然だって別にいいじゃん。

だって、

「うちのお姉さんには、トロンボーンとオーブントースターの違いだって、きっとよくわからないよ。グッチとプラダの違いなら一目でわかるみたいだけど」

「人にはそれぞれの戦場があるんだ」彼は微笑む。*3

 このように、にっ人間存在とは個別的な様相を持ちまた現実世界においても唯一無二の孤独を生き抜いてあばばばばば。

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そこで私とあなたの普通があるなんて、ほとんど恋人じゃん。

 「普通」は売れないしパッとしないし、瞬時に世界の見え方を変えたりしないけど。善いのか悪いのか、正しいか間違ってるかなんてわかんないけど、一瞬でぶっ壊されるそのときまで、長い時間かけて作ってるんだよ。